福祉ラッパーLot FALCON(ロット・ファルコン)プロデュース!
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Updated 2016.07.13(水)

寝たきりで呼吸器をつけながらラップをぶちかますラッパーDAISUKE MASK(ダイスケ・マスク)がクソかっこいい!!

寝たきりで呼吸器をつけながらラップをぶちかますHIPHOP語り人。リーディングラッパーをご存知だろうか。

 

リーディングラップとは?

代表的なのが、24歳でこの世を去った孤高のポエトリーラッパー・不可思議/wond­erboy。 死後残された衝撃的な映像によってyoutubeを中心にファンが増加、近年音楽関係­者のみならず、多くの若者にその存在が知られてきました。ポエトリーリーディング (英語: poetry reading) は、主に詩人が自作の詩を読み上げることを指すが、広義には詩を朗読するアート形態そのものをさす。 ラップミュージックにのせて詩を読んだり、ビートボックスとコラボレーションして詩を読んだりという形態もある。

そんな中、三重県は松阪市に寝たきりで呼吸器をつけながらラップをぶちかますラッパーが居た。その名も

DAISUKE MASK(ダイスケ・マスク)

http://www.mctv.ne.jp/~bigring/My%20Pictures/DAISUKE%20MASK/baitari2010%208.JPG

DAISUKE MASK プロフィール
1999年、21歳の頃にHIPHOPに出会う。
その後、日本語ラップの魅力に惹かれていく。
音楽は聴くだけであったが、次第に自分でも音楽活動をしたいと思うようになる。
2003年~2008年、HIPHOPの要素を取り入れたロックバンド「ハッシャ・ダイ」のヴォーカルとして活動する。
ハッシャ・ダイとして活動する中で、自分の音楽の方向性に気付きはじめる。
自分のやりたい音楽がはっきりと分かり、2008年7月にハッシャ・ダイを解散する。
しかし、ハッシャ・ダイでの活動を終えた後、しばらく音楽活動を再開できずにいた。
音楽活動はやめようと思った時期もあったが、HIPHOPをやりたいという思いは捨てられなかった。
2009年の秋頃から、DAISUKE MASKとしての活動に向けて急速に動き出す。
DAISUKE MASKという名前も、この時に決めた。
そして、2010年3月6日、DAISUKE MASKの活動がスタートした。

自分なりのHIPHOP、自分の表現方法、自分の言葉、自分だけのラップで、”思い”を伝えたいと思っている。

 

筋ジストロフィーと闘う

自身の重い障がいをテーマに自作した詩を、人工呼吸器をつけた体をベッ ドに横たえて歌うラッパーだ。「体は不自由。でも、僕は自由」。その喜びを全身でかみしめるために、声を絞り出す。自分の生き方は自分で決めろ その生き方で進んでいけばいいDJの演奏に合わせ、ゆっくりと言葉を継いでいく。題名は「My Bible」(私の聖典)。障害を言い訳にせず生きる信条をつづった。当日はこれを含め、3曲を披露する。

 

筋ジストロフィーとは何か?

筋ジストロフィー(きんジストロフィー、英語:Muscular Dystrophy)とは、筋線維の破壊・変性(筋壊死)と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患の総称である。

画像

 

いつから障がいがわかったのか

障がいが分かったのは4歳の時。小学2年で歩けなくなり、中学3年で座れなくなった。22歳で寝たきりになり、同市の障がい者支援施設「希望の園」に通い始めた。体の自由を失っても、健常者をねたんだことはない。「でも、呼吸器への視線には長く悩んだ」夢を持てあきらめるな かなう可能性低くても やれるだけやってみろ 考えている間にも時間は過ぎる音楽を始めたのは2003年。施設の仲間に誘われてロックバンドを結成し、ボーカルとして活動した。夢中で歌っている間は障がいを忘れられた。ところが、音楽を好きになるほど葛藤が生まれた。「本当は大好きなラップをやりたい」筋ジストロフィーは、次第に筋力が低下する進行性の障害。いつ歌えなくなるか分からない。10年、ラッパーとして独立することを仲間に 告げた。「リズムに乗せ、障がいへの思いを自在に表現したかった。悩み抜いた人生を歌いたかった」。芸名は「DAISUKE MASK」(大輔マスク)。呼吸器から取った。生き方や考えに自信持て 信念曲げてまで従わないずっと呼吸器が嫌いだった。見られたくなかった。でも、音楽を始めて気づいた。「歌を歌う僕は、誰よりも自由だ」。障がいもアートの一部 になった。「僕の外見はインパクトがある。もっと僕を見て、僕の歌を聴いて、僕を知ってほしい」。誇りを手放せば自由を失うと、今は知っている。

 

 

そんな彼を後ろからバックアップする人物

日本語ラップの重鎮「NAKED ARTS」「瘋癲」のMCことMILI THE MANIAC(ミリ・ザ・マニアック)

MILI the Maniac (瘋癲FU-TEN / ex. NAKED ARTZ)
元NAKED ARTZ、瘋癲FU-TENの “MC MILI” によるDJ名義。94年にK-on、DJ Tonk、DJ Sasとネイキッド・アーツを結成し、翌95年にはTwigyやラッパ我リヤらと共にV.A.「悪名」に参加、MILIのタイトなライミングとK-onの 独特の緩さを持ったフロウの対比、DJ Tonkの暖かいヴァイブスをたたえたトラックの化学反応が大きな話題を呼ぶ。 そして96年リリースの続編「続・悪名」にも“夢”を楽曲提供、NAKED ARTZの1stシングル“浸透”をリリース、97年には1stアルバムとなる『浸透~ペネトレイション』をリリースするなど精力的に活動、この年ドイツ のhip-hopのコンピレーションアルバムにも参加シーンに確固たる位置を築く。 しかし、その位置に安住することなく、新たな方向性を模索した彼らは、グループとしての活動を一旦休止し、それぞれのソロ活動へ比重を置いていく。 MILI自身も多くのアーティストの客演やソロ・アルバム「KNOWLEDGE OF SELF」のリリース(香港のCDショップで3週連続1位)など、活発なソロ活動を進める。 2000年からは元モンドグロッソのラッパーB-BANDJと共に生音を取り込んだHIP-HOPユニット FU-TENの活動を始め、現在までににアルバム4枚シングル8枚、アメリカの名門レーベルブルーノートのコンピレーションアルバムなど多数のアーティス トの客演にも参加。 2005年にはアメリカ(サンフランシスコ、ニューヨーク)でのショーの成功、2010年にはアメリカのマクドナルドのCMソング(世界数カ国で放送)に 日本人ラッパーで初めて抜擢されるなど世界も視野に入れた活動を展開中。 2009年から山崎まさよし、バード、オルケスタデラルス、マックス、などが出演する沖縄県宮古島で毎年開催される宮古島ミュージックコンベーションに毎 年参加。 2012年にはパーカッションプレーヤー小林はじめ、映画座頭壱(香取慎吾 出演)の音楽プロデューサーでもある。 彼の2012年に発売されたNEWア ルバムツアーにも参加。

全国の日本ラップファンからも愛される「NAKED ARTS」から一曲紹介しよう。

 

DAISUKE MASK(ダイスケ・マスク)は現在、三重県松阪市にある希望の園にてラジオパーソナリティとしても活躍中!「希望の園」も近日ご紹介しよう。

 

希望の園公式サイト



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Lot FALCON
編集者
長谷川貴大(Lot FALCON)
長谷川貴大/Lot FALCON(ロット・ファルコン)/ラッパー/LLA Entertainment 合同会社代表/デイサービスSWAGプロデュース/lla.nagoya(自社Webメディア)の管理者
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